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「響け!ユーフォニアム」を見る。 - 2017.03.12 Sun

 本記事では、2015年の春から夏にかけて放映された、「響け!ユーフォニアム」を教材として、アニメの演出における基礎的な解釈法について書くことにする。わけても、アニメ映画については、かねて日本の文化庁によりアニメーション部門の賞が開催されてきたとおり、日本独特な立ち位置をとるアニメーション文化、ならびに、その芸術性については確かな評価を受けていたものだが、近年、めざましい作画技術の向上から、1クール13話という、映画と比して予算も人員も少ない中で制作されたアニメについても、侮り難くなってきているのが現状である。高まった作画技術によって、演出という側面について熟考を重ね作成されたアニメは、本来視聴者に求められてきた娯楽性のみならず、芸術性という新たな側面を提供することにつながってきた。アニメを視聴する構え方、すなわち脚本とは別の角度から丁寧に吟味していく価値が、1クール13話のアニメ作品にも、漸く生まれつつある。



「響け!ユーフォニアム」について。

 一般的に、小説を原作としたアニメは構成の纏まりに欠ける、というのは、ありがちな問題設定である。ここで言いたいのは、「響け!ユーフォニアム」が、実際にそうであることではなく、そうなる蓋然性を、その題材からして特別に引き受けてしまっているということである。高校の吹奏楽部が舞台であることは、焦点を当てなければならない人物の数を必然的に増やすことになるだろう。 糅てて加えて、登場する人物たちの学生という立場が、彼ら自身のあやふやな進路を見定める岐路に立っているということを示唆する点において、各人について極めて慎重な心情描写が求められることは、この「響け!ユーフォニアム」を制作する上で、大きな壁になることが予想できる。音楽科が設置されていない高校を舞台とするのは甚だ巧いが、上記の困難を考えると、原作を一歩進み出た果敢な構成を試みるというのも、一つの決断であったような気がする。

 吹奏楽部という、音楽がメイン・テーマとなるアニメだから、なかでも楽器の演奏、合奏のシーンについてはこの上のない配慮を要する。ずばり見所は、最終話付近で描かれるであろうコンクールの合奏のシーンであるが、そこではその瞬間の演出だけではなく、それまでの人物関係について、どれだけ丁寧に描くことができたか、ということが、評価の分かれ目になるだろう。その点、第一話の冒頭で、「ダメ金」という結果だけを表し、実際の演奏は敢えて省くという構成手法は、認められてしかるべきである。



人物の心情を描写する、表情とカメラワーク


 アニメを視聴する上で、絶対的に注目しなければならないのが、この2つである。何枚もの静止画を少しずつ描き分けて連続的に提示するのがアニメの手法であることは周知だが、絵であるという要因が、実写とは違って、人物の「演技」という見方をいくらか妨げていることは惜しまれる。声優の演技こそ、迫真・棒読みなどと評価対象に含まれがちなのは、それが実際に人が演じているという前提があることは推察できる。しかし、人物(キャラクター)を描いているのも、また人であるということには留意したい。しかも、絵であるということが、現実的にはありえない広域な表現・演出を可能にしてくれるのである。

 たとえば、「響け!ユーフォニアム」の第一話の末尾において、

無題

 これは、同じクラスの友人から、主人公が吹奏楽部に誘われた時のシーンになる。「響け!ユーフォニアム」の構成的特徴の1つとして、主人公である「黄前 久美子」の、吹奏楽部のコンクールに対するどっち付かずな態度が、終盤に差し掛かるにつれて、明確な方向性を持つことが挙げられるわけだが、少なくともその芽となるものが、既に「黄前 久美子」の中で、ある無自覚な熱意として育ちつつあることは、このシーンから読み取ることができる。カメラは、およそ三秒もの間、「黄前 久美子」の顔だけを写すのに尽く。表情が変わることもないが、そのことによって、彼女の瞳の輝きだけが、視聴者の印象に迫ってくる。目は口ほどにものを言う、との俗諺があるように、「黄前 久美子」というキャラクターは、ここで、吹奏楽部・コンクール・楽器に対する隠された熱意を、そのアニメならではの演技によって示そうとしている。




 選択される音楽の、物語に及ぼす緩急

 アニメにおける名作を探すための、手っ取り早い方法が1つある。BGMの挿入、そして選曲に気を遣っているアニメの殆どは、演出に真正面から向き合っていると言える。「響け!ユーフォニアム」において、その題材から、特に繊細な注意を払わなければならない演出手法であるが、残念ながら特筆すべきところはない。どうやら演奏のシーンでは、その音源の取得を実際の学生に協力してもらったようだが、そのような労苦が、視聴者にとってどれほどの意味合いを果たすのかは疑問である。何より、テーマソングが個人的に気に入らない。明るい曲調なのは好きにすれば良いが、本編における中心的テーマの、学生の内部で揺れ動く音楽に対する心情は、けして明るさだけということはないはずだ。このオープニング・テーマから本編の話に移行する時、音楽の曲調とのギャップにはうんざりさせられる。




 構成

 構成とは、膨大な量の原作、および脚本を、いかにアニメの尺に収めるかということについて言及したものである。これが疎かにされると、視聴者にとって、唐突と思われるような展開になったり、せっかくの締めに感情が追いつかないということもある。ここで重要なのは、原作・脚本と、構成とは、別の概念として表されるということである。たとえ原作によって丁寧に進められている物語でも、アニメという違う媒体として発表する上では、単純に、視聴者の体感として進む時間のスピードが異なるのである。なにしろ、アニメは文字の代わりに絵で表現する事情があるわけだから、情景の描写にしても、かかる時間は極めて少ない。

 「響け!ユーフォニアム」における、最大の瑕瑾が、構成の破綻にある。「黄前 久美子」と「高坂 麗奈」は、同級生という壁を越えて、特別な関係性を築きあげるわけだが、その描写は、いささか急過ぎる。「黄前 久美子」が、「高坂 麗奈」の楽器に対する真摯な心向きに惹かれていることは、「黄前 久美子」の人物的性質からして丁寧だと言える。しかしながら、「高坂 麗奈」が、「黄前 久美子」に対して、「愛の告白」をする理由は、「高坂 麗奈」に欠けている。「特別になりたい」、という学生らしい心情を抱える「高坂 麗奈」は、「だめ金」の受賞の際、悔しがることもない態度を見せる「黄前 久美子」の中に、自分をしっかりと持っている特別さを見るよりも、むしろ、他人と合わせてなあなあに練習してきた一般的な学生の側面を見ようとするのが、普通ではないのか。たしかに、「思ったことをそのまま口にして言う」・「七年もの長い間、ユーフォニアムを続けてきた」という要素があるにはあるが、それだけでは物足りない。「加藤 葉月」や、「川島 緑輝」が言うように、「黄前 久美子」は、人から見て、どこか冷めた人物として映るはずなのである。

 作品における中心的な関係性が、このような瑕を負ってしまうと、せっかくの「高坂 麗奈」の意外な弱さという魅力が損なわれる結果になるだろう。第一話の冒頭を、私は先ほど褒めはしたが、もっと丁寧に描くことができたはずである。これは余計かもしれないが、「泣くほど嬉しかったんだ」という台詞は省き、「よかったね、金賞で」という、どこか彼女自身、素直に納得しきれていない表情と声質で徹頭徹尾仕上げることができれば、その後の高校の再会から、二人の特別な関係性にまで、鮮やかな橋が架けられたことだろう。
 
 


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