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「君の名は。」を見る。 - 2017.03.27 Mon

 新海誠という監督を識ったのは、2004年に発表された「雲の向こう、約束の場所」が、毎日映画コンクール・アニメーション映画賞を受けたことが切掛と言えよう。この賞の選考委員として任命された人たちの信頼できる鑑賞眼については、これまでの受賞作を眺めて解る。まして同年は、宮崎駿による大作、「ハウルの動く城」の発表と重なっていたのだから、視聴者の期待は高まらざるをえなかった。こうした事情によって、新海誠は、アニメ視聴者にとって、今後の活躍に注目したい新人の一人となった。2016年の8月に発表され、現在でも公開上映の続く「君の名は。」というビッグ・タイトルが、アニメ映画界を席巻する以前から、よく知られた存在であった。



作品を通じて見る、新海誠作品の特徴

 監督としての処女作には、ほとんど全ての主題の萌芽を見ることができる、というのは、アニメのみならず、芸術作品すべての通例と言えるだろう。その多分に漏れず、新海誠の監督としての特徴は、「雲の向こう、約束の場所(初長編作品)」から、「君の名は。」に至るまで、狷介のごとく見ることができる。何を差し引いても述べねばならないのは、彼の手掛ける風景の鮮明な描写手法であり、何よりそれを実現している、光線への意識である。私たちが物を見る上で、光の要素を欠かすことはできない。視覚において決定的な役割を担う光は、環境中の無数の面に反射して錯乱する。アニメを映すカメラの挙動につれて、光のスペクトルが多彩な輝きを放ってくることが、私たちに、画面の外から絵を眺めているのではなく、画面の内部世界に没入して、実際の眼でその風景を眺めている感を与えるのである。

 それだけではない。新海誠作品の主人公、ならびに登場人物の大凡を、圧倒的に青年期の若者たちが占めることは、この風景の鮮やかな描写と関連がある。刻々と推移する光と物体の入射に、ほんの短い青年期の人物たちの繊細な感情を見てとるのでも良い。私としては、そうした美しい風景の中に動く人物たちに、視聴者各人についての青年期・思春期が投影された時、そこで動かされた心向きが、自分の過去を振り返ってみて今だから思える理想を、呼び覚ます効果があるのではないか、と考えたいところだ。実際、新海誠作品における脚本として、いわゆるSFの展開が転機となること、一見するとリアリティーがあるのにもかかわらず、人物同士の触れ合いがほとんど理想に過ぎることは明らかな特徴である。これらを単なる脚本の瑕瑾として評するのは早計と言うほかない。私たちが過去・現在に求める理想を語る上では、これらを抜きにすることはできず、ましてその表現するところが、新海誠の、監督として長らく取り組んできたテーマであることは明白だからである。

 

「君の名は。」の設定の難しさ

 あらすじは割愛するが、一部晦渋な表現があるにはある。主人公の「立花 瀧」は、ヒロインである「宮水三葉」と身体を入れ替えるわけだが、その契機となる組紐はともかく、何故入れ替わりが行われたのか、という根本的な原因は、一見したところで確かなものとはならない。「立花 瀧」が糸守町の御神体のもとに訪れた際には、



 他にも、いくつかの伏線があり、決して映画だけで読み解けないわけではない。また、物語の補足を含めて、小説版が発刊されているとも聞く。しかし、いずれにしても、物語の詳細な設定まで解釈させることに親切な作品とは言えず、評価にしても、映画単体で下されるのが普通である。それでは、こうした設定の難しさが、「君の名は。」の評価を落とすのかと訊かれれば、私としては、まったくそうとは思わない。

 本作品において、1200年前の彗星にまつわる裏の設定とは、脚本に一貫した整合性を持たせるための土台であり、それ以上ではない。「君の名は。」のテーマについて考えてみた時、そこに、1200年前の彗星とか、糸守町における宮水家の役割だとかが入り込む余地はどこにもないのである。もし、「創世のアクエリオン」のように、主人公とヒロインが、1200年前の生まれ変わりだとするなら、そしてその生まれ変わりという設定が、二人の関係性について重要な役割を担うのだとするなら、これは無視できない。しかしながら、「君の名は。」における「立花 瀧」と、「宮水三葉」は、身体の入れ替わりという出来事を通じて独特の関係性を築きあげているのだから、本作品の裏の設定を、あたかも推理小説のラスト・シーンのように、終盤で表に開示することは、むしろ本来のテーマから逸脱する怖れがあり、蛇足である。



「君の名は。」の中心的テーマ

 「立花 瀧」と「宮水三葉」の関係性は、入れ替わりという特別な出来事を通じて築かれたものであることは先に述べた。「宮水三葉」は、田舎の倦んだ生活から、都会への憧れを募らせていたわけだが、その憧れが二人を結んだという見方もできるだろう。宮水家の使命という役柄を前面に押し出すのではなく、思春期ならではの憧れが入れ替わりの起点となっていることは、本作品のテーマを解釈する上で、重要である。

 二人の関係性は、通常、男女が親密な関係に達するまでに経る過程とは大いに異なる。「立花 瀧」と「宮水三葉」が直接出逢うことなしに、互いの生活に深く関わることによって、親密になるのである。入れ替わる生活が、都会と田舎という隔たりのある場所を舞台とする設定は、二人の安易な邂逅を許さない。ある事情から、電話で直接対話することも叶わないので、文通のような手段を採ることが精々の乏しい交流が、電気機器の発達する前の、一昔前の恋愛を自然と思わせる。こうした、いつ逢えるのだろうか、恋仲として結ばれるのだろうか、と視聴者をもどかしくさせる手法は流石に巧い。ここで見られるのは、新海誠作品で何度も試行されてきた、毎度の特徴の一つなのである。この特徴とはすなわち、「特別」で、「心に深く根を張る」出来事によって、登場人物の男女間が切っても切り離せないような仲になる、というものである。

 「雲の向こう、約束の場所」であるなら、「ヴェラシーラ」の完成を三人で目指し、こっそりと集まったことがそれにあたり、「秒速五センチメートル」であるなら、大雪の中、逢いにいったことがそれにあたる。こうした「特別」で「心に深く根を張る」出来事によって結ばれた仲は、たとえ切り離されたとしても、それぞれの思いだけが後年まで残ってくる。言うまでもなく、これら二作でも、「君の名は。」と同様、男女の関係はやむなき理由によって切り離される運命を迎える。新海誠の真骨頂とは、思春期の「特別」な出来事を通じて築きあげられた関係が切り離され、恋慕の思いだけを双方が抱えることの、抒情性にあるのである。

 こうして新海誠の作品群から眺めてみると、「君の名は。」という作品が、彼の年譜に連なる、集大成的な位置づけのものであることが確認できる。



「君の名は。」に対する批判

 「君の名は。」における、最大の瑕瑾は、「名」を「忘れる」という現象に対する、意味づけの失敗にある。「忘れる」現象は、「秒速五センチメートル」でも扱われてきた、新海誠のテーマの一つだが、「秒速五センチメートル」において、長い時間の経過がヒロインに主人公を「忘れ」させたことは、却って思春期の「特別」な出来事を、視聴者に意味づけていた。思春期とは、大人と子どもの境の、「黄昏」のような一刻である。主人公の心だけが未だ、ヒロインの影を追う向きを見せることは、大人になりきれない、どうしても吹っ切れない思いに対して、味わいのある抒情性を生んでいた。

 一方、本作品において、「忘れる」原因そのものが明確ではないことは、思春期へのぼんやりとした追憶に、歳月だけではない、SFの要素を絡ませており、それほどの抒情はない。なぜ「忘れ」てしまったのか、と考えてみた時、それがほんの短い刻である思春期との訣別だとはっきりと言えず、実質、思春期とまったく無関係に「忘れる」要因を作り出してしまうSFを持ち出してしまったことは、構成如何によって、明らかな失敗となるだろう。思春期だからこそ経験できるSF(代表的なのは、となりのトトロ)として丁寧に描くことができれば、この問題はクリアされるが、本作品において、それを果たせているかどうかは疑問である。確かに、入れ替わりという出来事に「特別」な意味を生んだのは、彼らが思春期にあるからこそだが、その入れ替わりという出来事と、「名」を「忘れる」出来事との連関については、最後まで曖昧なままである。何か他のSF要素が介入しているものと推察できるが、それならそれで、疎かにせず、しっかりと描写すべきであった。何しろ、作品のタイトルであり、本作品の肝となるのだから、これを省いてはならない。
 つけ加えるなら、「名」に関する挿話がないことは、それを忘れることに対して、視聴者の感情を煽らない。「忘れる」ことに対して、何か物足りなく感じてしまうのは、こうした理由がある。



総評
 
 長くなったが、総評をもって結びとしたい。監督として、新海誠は、既に独特な才覚をもっていることは明らかであり、これを他者の作品と比べることは、ほとんど意味をなさない。再々挑戦の末に発表された「君の名は。」は、それだけに卓越していたが、そろそろ自分の得意な領域から離れて、違うテーマに取り組む姿勢を見せてもよかろう。

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